登録文化財の活用保存と学校教育(2005.11.22)

大阪大学名誉教授 畑田耕一
大阪府教育委員会文化財保護課主査 林 義久

(大阪府登録文化財所有者の会ホームページより許可を得て転載)

登録文化財は、国宝や重要文化財と呼ぶ指定文化財のように、行政が厳選した比較的古い時代の少数の物件について、許可制による強い規制と手厚い保護によって保存するのではなく、近代の歴史遺産を中心として、住民生活に密着した身近なものまでを含めて、所有者、住民が自主的に保存・活用する多くの物件を国の登録台帳に登録し、所有者から国への届出制による緩やかな保護措置で未来に継承していくものです。登録文化財の制度は、文化財保護法の「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする」(第1条)という目的を忠実に実行するものといえます。そのためには、様々な情報交換や情報発信による相互理解を通じて、登録物件の増加を実現し、市民の登録文化財への関心を高めることが必要です。

西欧では早くから都市計画の中ではありますが、日本の登録文化財のような形で多くの古い町並みを残し、世代を超えて愛着のもてる個性的で落ち着いた都市景観を形成しております。戦争で破壊された町並みを復元するときに、以前の写真や絵を参考にタイルのヒビ一つにいたるまで忠実に再現したという話もよく聞きます。最近、イタリアのある村では、地震で教会のフレスコ画の描かれた屋根が倒壊し、直下で死者が出たにも拘わらず、その破片を一つ一つ拾い集めて、以前と同じようにフレスコ画と建物を復元したというニュースも伝わってきております。住民自らが、自らの歴史に裏打ちされた愛着のもてる住みよいまちをつくるための努力をすることこそが、世界中から多くの観光客を集めその町並みが担う文化を理解してもらうことに繋がるのです。

残念なことに、最近の日本は「自分本位」が台頭し、「自分たちの住まう町」を美しく生き続けさせようという心が希薄になっているように思います。かつては、日本中が博物館といっても過言ではなかった日本の伝統的な住宅で作り上げられた、町や村のたたずまいが壊されてしまい、一体どこの国にいるのだろうと思うような場所に出くわすことすらあります。外国からのお客さんが、数少ない指定文化財建造物があるような特定の場所に行かない限り、日本の文化を体感できないような国になってはおしまいです。国民の一人一人が生活文化の向上と伝統文化の継続・深化の必要性を認識し努力する習慣を自然に身に付けられるような環境作りと学校教育・生涯教育における配慮が必要なときだと思います。

教育基本法はその冒頭で、教育の目的を達成するために「学問の自由を尊重し、実際生活に即し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない」(第2条)ことを述べています。これは、教育の目標は文化の伝承と深化であることを明示するものです。新しい文化を創ることは、日本古来の文化を知り、それについてよく考えることなしには不可能です。登録文化財建造物はまさにそのための道場ということも出来ましょう。日本に来て間もない韓国からの留学生の金 明aさんが明治初期に建てられた畑田家を訪れたときの「座敷の障子を通るやわらかで温かい光、障子の透き間から見える庭のたたずまい、逆に庭から垣間見る座敷の中の人の気配などに心のやすらぎを覚え、日本に来て初めて日本の心を感じとることが出来た」(1)という感想は、現在の日本人が忘れかけている日本住宅の良き一面を再認識させてくれるとともに、古い日本住宅の文化伝承の場としての性格を見事に言い表しています。このような思いは、総合的な学習の時間などに古い民家を訪れる小学生なども経験するようです。子供のときに見聞きしたことは、たとえ意味が分からなくてもその内容は強く脳裏に焼き付けられ、年を重ねるにつれて経験したことの意味や根本原理・哲学が分かってくるものです。市民に登録文化財の制度の意味と必要性を理解・認識していただくための種は小学校で撒くのが一番です。それによって子供の保護者や地域社会の人たちの関心をひき、理解・認識を深めることも出来るのです。小学校の教育はPTAを通して保護者とも密接に繋がっているからです。教育基本法の「教育の目標は文化の伝承」という崇高な精神が受験勉強の波に押しつぶされてしまわないことを祈るのみです。

 金 明aさんはまた、井戸のつるべや手押しポンプ、米搗きの杵や鍬、鋤きなどの農機具、わらで作られた雨具、花嫁の輿入れに使われた駕籠などが、たとえほこりをかぶっていても、また多少乱雑であっても、あるべきところに生活感を保ったままで納まっている様子に、観光地や博物館とは違う共感を覚え、日本の昔からの姿、日本人の心使いと知恵や歴史を感じ取ってくれたようです。「長男が代々引き継いできた家を、これからも美しく生き続けさせるにはどのような支援が必要なのか、日本の伝統家屋のたたずまいに現代の便利さを融合させるにはどうすれば良いのか、を日本はもっと真剣に考えるべきだ」(1)という彼女の提言を深く心に留めたいと思います。同時に、このような言葉を日本の若者から聞くことはあまり無いのは何故だろうかという疑念がわきます。教育の重要性を改めて痛感する次第です。

(参考文献)

(1)畑田耕一、建築医、8、56-57、(2000)


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