アメリカにおける文化財保存の現状

(株)カネカ 機能性材料RDセンター 畑田家住宅活用保存会正会員 多和田 誠

 私は2002年9月から2年間、University of Massachusetts Lowellに留学した。仕事の傍ら、アメリカの古い建物について経験したことをここでご紹介したい。

 マサチューセッツ州は、清教徒上陸の地や独立戦争の遺跡、古都ボストンなどアメリカ建国以来の歴史的場所が多く存在する、古き良きアメリカが色濃く残る地域である。私の住んでいたTewksburyは北隣のニューハンプシャー州に近い小さな町であったが、大きな道が交差する町の中央に高い塔をもつ教会がありそのまわりに学校や市役所といった公共の施設が点在するという、典型的なニューイングランドスタイルの町であった。町中には古い建物だけではなく当然最近の建物や大きな公共建築も存在するが、いかにも現代的なデザインではなくそれと気づかせることなく存在し、その結果町全体が非常に調和した雰囲気を保っている。アメリカの素晴らしい所を一つ挙げるとすれば、文化的価値のある建物が日々の暮らしの中にそれとなく存在しているという点である。この点において日本はアメリカに遠く及ばない。

 アメリカでの文化財保存に対する政策の一つとして、1998年にSave America’s Treasureという国家プロジェクトが発足している。これは、国立公園を維持管理しているNational Park Serviceと歴史的建造物の維持を支援しているNational Trust for Historic Preservationを横断的に結び、文化財の保存や修復をトータルで支援していくプロジェクトである。このプロジェクト発足以降これまで総額2億4千2百万ドルがさまざまな文化財の調査や修復に宛てられている。ちなみに、クリントン大統領時代の2001年まではこのプロジェクトには9千5百万ドル/年の予算がついていたが、ブッシュ大統領が就任した2002年から、予算が3千万ドル/年と大幅に削減されている。

 このプロジェクトによる文化財保存の一例として、Emily Dickinson Museumを挙げたい。Dickinsonは19世紀のアメリカを代表する女流詩人の一人であるが、彼女の生家がマサチューセッツ州アマーストに博物館として今も残っている。博物館となる前、この建物には20世紀様式のペイントが施され長年の風雨にさらされた状態で放置されていたが、2004年に大規模な修復作業が行われ19世紀当時の佇まいが復元された。博物館となった今、この建物ではオープンハウスやDickinsonの詩の朗読会、講演会など、様々なイベントが行われている。このEmily Dickinson Museumに限らず、歴史的価値のある建物が保存修復されそこで講演会や勉強会が開催されるという事が、アメリカではごく普通に行われている。

日本でも古い建物の保存は行われているが、そこには歴史上の有名人物に関係するから、貴重な建築様式であるからなどの視点しかないように感じる。古い建物をただ保存するのではなく、講演会や演奏会など様々な方面に活用する試みを続けている畑田家住宅のような存在は、今の日本ではまだ貴重である。日本でも文化財保護が単なる歴史的観点からだけでなく、教育や地域社会などの観点から見ても重要であると広く認知されることを希望してやまない。



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