伝統的木造住宅に学ぶ家の設計(2007.5.21)

      建築家 石井智子

15年ほど前から文化財建造物の修理工事現場を見学し、建物の修復を学ぶ機会に恵まれた。約200年前に建てられた木造民家も構造体がしっかりしていれば、傷んだ部材を取替えて修理することで現代に甦らせることができた。新築の建物をいかにデザインし、設計するかということばかりを考えていた私は、日本の風土の中で、いかに長持ちさせるかを考えて建てられ、その後、幾度も手を加えられながら大事に生かされてきた歴史のある建物に込められた人達の思想を感じ、大きな衝撃を受けた。

それで、建物は100年以上生き続けることができるということを設計の基本方針にしようと考えるようになった。そのためには、古くなってもみすぼらしくならず、むしろ古くなることによって味が出てくるような建物、持ち主が変わってもそれに適応できる力を持った建物を設計できねばならない。これらの条件を満たすには、木や土などの自然素材を使った木造建築が望ましい。伝統的工法による木造の建物は、増築や改造、場所の移動も可能であり、生活様式の変化に対応できる。木、土、石などの自然素材で造られた家は住む人の心にやすらぎを与え、健康的な空間をかたち作り、年月を経るとともに独特の味を醸し出す。

建築の設計、特に住宅の設計においては、「どんな家を造ろうか?」と考えている時が一番楽しい。住宅が出来上がってから、「どうしてこういう建物を作ったのですか?」という問いに答えるのはとてもむつかしく、うまく説明できないときもある。設計の仕事は建主さんにお会いすることから始まる。そして、敷地を見に行き、建主さんと敷地から感じとった雰囲気などを総合して、建物の主題や形のイメージを創り上げていく。

最近設計したYさんの家では、大黒柱を主題にして大黒柱と丸太の梁で構成される木組みに包まれた空間を創りたいと思った。この家を見学に来てくださった畑田先生のお孫さんが、この大黒柱に抱きついていらっしゃったのは、何か人の本能に訴えかけるものを自然の木が持っているからではないだろうか。また、ヨガの先生が、「この柱に癒される」とおっしゃっていたのも設計者にとって嬉しいことであった。これからも、その中に居るだけで、心がやすらぐような家を目指したいと思う。

人は、忙しい日常生活の中で、人間は大自然の一部にすぎない、ということを忘れがちである。科学・技術の進歩にともなって、何事も人間がコントロールできるかのような錯覚に陥ることがあるようになった。だが、人々は、そのような考え方がこれからの地球では成り立ちえないことを認識し始めている。日々の生活の中で、たとえ敷地が小さくても、あるいはそれが都心にあっても、自然とともにあることを感じられる家を、設計によって造りだすことは可能である。家族形態がどのように変わろうとも、人々がその生活の拠り所とするのは、住宅であることに変わりはないと思われる。そこに居ることで、空や緑、目に映る景色の中に、また光や風の中に、自然を感じ、地球上の全てのものと共にあることを感じることができる住まいを作っていきたいと考えている。


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