初等・中等教育における学校、家庭、地域社会の役割（2008．1.21公開）
緒方淳子、尾野光夫、川�ｱ 徹、木村千代子、三軒 齊、渋谷 亘、高杉英一、竹下哲生、中林邦夫、畑田耕一、林 幸子、林 義久、藤田博誠、古城紀雄（あいうえお順）

１．はじめに

学校教育の根本は、知識を教え、それを応用させるだけでなく、その背景にある物事の本質を考えさせることである。学校から家に帰った子供が、学校で学んだことを生かして体験的に考え、行動を起こすことによって、学びの成果を挙げることが出来るかどうかは、家庭の教育力にかかっている。家族が子供に及ぼす教育上の影響は非常に大きい。国民全員が生涯学習を心がけ、家庭の文化的環境を良くし、教育力を高めることが、ひいては地域の文化・教育力を高め、子供に生きる力を養わせることになる。

近年、社会の仕組みや人々の生活様式が次第に多様、複雑に変化し、その影響で価値観もまた多様化した。子供や保護者、地域社会の環境も例に漏れない。それに伴って、学校にも多様な価値観が集まり、これまでの単一の目標のもとでの画一的な教育は成り立たなくなった。同時に子供たちの中では戸惑いや混乱に起因した無気力さが生じているようにも思われる。現に、日本で子供たちと身近に接している留学生から見ると、日本の小・中学生は生き生きとして夢を持っているとは思えないようにうつるという。教育の世界でも、個性化とそれに伴う多様化が求められている。このような状況にあって、学校、家庭、地域社会に課せられた役割とはどのようなものであろうか。

本稿は、小学校から大学までの教職員と管理職、教育行政担当者、臨床心理士など上記の著者１４名が大阪府羽曳野市の畑田家住宅に会し、一般参加者も含めて、初等・中等教育における学校、家庭、地域社会の役割について議論を重ねた結果をまとめたものである。著者の所属は文末に記した。

２．教員の役割

教員には高い倫理観と使命感が求められる。教員は子供にどのような教育をして、どのような人間に育てたいかという目標（教育観）を明確に持たねばならない。「いい子を育てよう、いい教育をしよう」という志が大切である。自分の授業や言動を常に見直し、自らを改善できる力が必要である。子どもは、大人以上に人の役に立ちたいという思いを抱いていて、そういう人に会うと感激する。教師がそのような子供たちの尊敬の対象となり、子供たちのロールモデル（role model）になるよう、常に学びの姿勢を崩さず自己研鑽に努め、自身の全人格の育成をしなければならない。

教員が生きることの面白さ、自分の専門の面白さを伝えることは非常に大事である。子供が自分の先生を尊敬し、あの先生のような人になりたいと思うことは、子供の人格形成に大きな影響を与える。とりわけ小学校において、子供たちが「あの先生みたいになりたい」と思えるような教員と出会うことの意義は深い。教員もこのことをよく理解して、「あの先生の言われることは何でも聞きなさい」と保護者や地域から言われるような力を身につけなければならない。

さらに子供たちに対してだけでなく、地域社会においてもロールモデルになるだけの力をつけねばならない。この力は単なるペーパーテストでは推し量ることの出来ない生きる力、人間力につながるものである。この生きる力、人間力こそが、生徒に転写されねばならない重要な力のひとつである。この様な教師を育成していくためには、家庭の協力も欠かせない。

従来は、ごく自然に行われていた教員相互の研鑽による授業力の向上が、今は難しくなっている。授業以外の様々な事務的用務や、本来家庭が行うべき基本的なしつけなどの生活支援的業務の発生が、先生の授業に向けるエネルギーを削ぐ事態になっていることが一因である。また、教員の年齢構成がアンバランスになっていることも、教員の相互研鑽を行い難くしている。退職教員の再出馬による現職教員の指導という方法も考えられる。教員免許の更新制度を教員リフレッシュ教育に生かすのも一法である。まかり間違えても、免許更新制度が、教員免許は１０年で消える可能性がある魅力の無い免許というような誤解を若者に招き、教員の質の低下に繋がるようなことがあってはならない。

先にも述べたように、教員は、高い倫理観と使命感を持ち、常に学習に努めて教育力を高め、自己成長を続けなければならない。教員の採用に当たっては、そのようなことの出来る資質を備えた人材を教壇に送る努力と工夫が必要である。その一方で、このようなことのできない教員を排除することも必要である。その場合、排除された教員には他の適切な仕事を与える必要がある。そのためにも管理職となる人間の資質は重要である。そして、定員増と給与の増額も含めて教員の待遇をよくし、優秀な人材を集めることの出来る制度を構築することも必須といえよう。教員にも時間のゆとりを充分に与えて、子供と接することの出来る時間と自己研鑽の時間を保障するべきである。

３．学校の役割

小学校、中学校、高等学校には、それぞれの発達段階に応じた教育のあり方や役割がある。小学校では、社会性を身につけるために、学校を挙げて、命の大切さを実感できる心地よい学級を作り、自分の考えを適切に表現する能力を身につけるとともに、他人をよく理解する努力をする子どもを育てることが必要である。この時期の子供の教育に重要な課題は、勤勉性を基本として自発性を育てることである。それによって、子供達は、友達同士の喧嘩なども含むさまざまな体験を通して、いろいろなことを行う自信を深めていくことができる。これらの過程で、学校と家庭・地域の間に充分な支援・協力関係の出来ていることは不可欠である。このような小学校での経験は、中学校時代から２０代にかけて成熟してゆき、アイデンティティの確立に繋がっていくことになる。

最近の生徒は、いわゆる「読み書きそろばん」の力が落ちているように感じられる。世の中はずいぶん便利になり、漢字を知らなくてもワープロで文章が作れるし、電卓のキーボードを叩くだけで、かなり難しい計算でも答えが出る。簡単な英文なら日本語をキーボードに打ち込むだけで作成することも可能である。基礎的学習を積む前にこのような技術に慣れてしまうと、基礎的能力の不十分なまま成人するということになりかねない。一方、昨今は、ゆとり教育、総合的な学習、教科内容削減の見直しなど、教育政策がめまぐるしく変化し、巷では、さまざまな議論や論争が行われている。ただ、ここで、学校教育の問題を制度の欠陥と学校・教員の教育能力のみに帰するのではなく、教育を市民全員の責務と捉えて問題の解決を図ろうとするのが、民主主義社会に生きるものの使命であることを強調しておきたい。学校・教員だけに要求をして自らは何もしないのでは、問題の解決にならない。具体的には、学校、教員、保護者が一緒になって、子供の教育をするうえで「教える」ことと「学ばせる」ことの両立とそのバランスを常に心がけねばならない。教えすぎず、また、学ばせようとするあまり教え足らずにならないようにすることが肝要である。

いろいろな教科の中で、日本語の教育はすべてに優先する。これは、文科系、社会科学系を目指す者のみならず、自然科学系の進路希望者にも、あまねく当てはまることである。小学校での国語教育の時間はもっと増やすべきである。日本語の基礎をしっかりと学習したうえで、論理的思考力と表現力を身につけさせることが必要であろう。小学生も高学年になれば、たとえ、算数の解答であろうとも、数字や式のみの羅列ではいけないことをしっかりと理解させておく必要がある。

小学校低学年では、基礎をしっかりと叩き込まねばならない。それは「読み書きそろばん」の基礎、あいさつの習慣、宿題をきっちりする習慣、運動場や教室で友達と一緒に遊べることである。これらをきっちり出来るようにしたうえで、高学年では日常生活の中から教材を選び、学びの「楽しみ」を伝えていけばよい。それぞれの教科の特性を生かして、その授業を通して教えることのできる物事の根本原理と結果とともに、それに至るプロセスを理解させれば、子供たちの学習への興味・関心を強め、学習意欲を高めることができる。その結果、自ら自発的に学ぶ力が醸成される。この段階では、「総合的な学習」が大いに役立つはずであるし、それによって、子供は自発的に物事を行うことへの自信を持つことが出来る。

一方、前述のように、社会の仕組みや人々の生活様式が多様、複雑化し、その変化のスピードには目を見張るものがある。教育の世界でも、物事を多面的に見て、現在の社会の情勢に対応できるように教育の内容や方法を改めなければならない。過去の成功体験に基づいた旧態依然としたやり方では、通用しなくなっている部分も多い。教育において、何を変えねばならないのか、何は変えずに守り通さねばならないのかを、学校はしっかりと考えて、社会に対して明確に発信することが必要である。

学問領域の面白さや夢を子供たちに伝えるためには、それを心の底から面白いと思う人が教えなければならない。誰でも、自分がよく知らないことについて、その面白さを語るのは容易ではない。したがって、小学校でも高学年では専科教員制の導入が望まれる。予算や定員の問題でそれが不可能な場合は、当面、教員同士の授業交換でしのいでいく方法も考えられる。一方、教育大学の小学校教員の養成課程で、卒業研究の専門分野だけでなく、小学校の教師として必要な他のいろいろな分野の基礎的な素養を身に付けさせる努力がもう少し必要なのではないかと思われる。

最近の社会問題として、身体的、心理的、または性的な虐待や養育放棄があり、児童相談所への虐待通告は年々増加している。不登校、いじめ、学級の荒れなど、他にも懸念される問題が少なくない。これらは子どもたちを取り巻く環境が安心して学べる環境でなくなっていることを示しているといえる。子供たちがいつ、攻撃的になったり、過度に甘えたり、無力感、情緒的不安定になっても不思議でない状況である。

重要なことは、子どもたちの様子の変化を的確に受け取り、未然に対処する働きかけである。その際、忘れてならないことは、どのような言動や振る舞いをする子供たちでも、健康な部分を根底に持っていることを信じて、表面的な行動の規制に終わらないことである。指導する担任教員の負担が極めて大きいことは確かであるが、子供たちの可能性をどこまでも信じ、粘り強く指導していくことが最も大切であると思われる。あらゆる機会を通じて、すべての子供たちの可能性を育むような働きかけを日常的に進めることが指導の根本である。子どもたちを表面的にとらえて「問題のある子」と思うのではなく、「この子どもたちも問題を抱えて困っているのだ」と受け止めて内面理解に努める視点をすべての指導者が共有することが重要である。

少し観点は変わるが、昔は、学校も子供の住む家も伝統的な木造住宅であった。このような建築には、わが国古来の文化伝統を伝えるさまざまな先人の工夫や心が一杯詰まっていた。子供はその旺盛な好奇心と想像力を駆使して、感覚的に伝統・文化・風習を学び取ることが出来たし、また、それを通して自らの想像力を磨き、創造力の養成に繋ぐことも可能であった。今は、学校の建物は殆どが鉄筋コンクリートの建物であり、子供たちの家も伝統的木造住宅であることは少ない。日常生活の中で、建物の持つ潜在的な教育力が子供に影響する機会は、殆ど失われてしまったともいえる。このような視点から住宅を見つめなおし、建物の持つ潜在的な教育力、すなわち、「住育」の力を子供の教育に生かす方策を考えてみてはいかがであろうか（１）。また、さまざまな先人の心が詰まっている建物を後世に残すということも大切な教育活動である。日本古来の文化伝統の継承を通して、文化や伝統を大切にする心を育てることは、道徳教育の根幹と考えられるからである（2）。

４．家庭の役割

家庭、学校、地域社会のうち、とりわけ学校と家庭の関係が良くないと、子供に悪影響の出ることがある。例えば、母親が家庭で担任の先生の悪口を言うようなことがあると、子供は先生を尊敬しなくなる。これでは、結局、子供がだめになってしまうだけである。また、若い母親たちの中には、自分の子供が担任教員に指導されると、まるで自分が担任に注意されたような気分になってしまうものもいるという。世の中の先輩に当たる親などが支援をして、このような母親の不安を解消するようなシステムを地域社会に作っておく必要がある。

また、現在は、家庭と学校が自分の子供だけで繋がっていて、教育が損得勘定やお金を払って物を買うような感覚で判断されることがある。学校はお金を払って教育を買うところというような考えだけで結ばれた関係を作ってしまい、さまざまな教育の問題点は「先生のせいだ」と済ましているようでは大変困る。参観日や面談、学校行事などへの参加は、商店で買い物をしたり商談をしたりするのとは根本的に異なる。

子供は学校、家庭、地域社会の中で学び、育っていく。健全な子供の育成には、とりわけ、家庭環境が重要である。小学校高学年のときの家庭の文化的環境が、その子供の将来を決めるという調査結果もある（3）。親の再教育、生涯教育が必要である。保護者を含む市民全体が一所懸命生涯学習に励んで居れば、子供もまた勉強に精を出す筈である。同様なことは子供の礼儀作法についてもいえる。大人の社会が礼儀正しいものであれば、子供も自発的に礼儀作法を身に付けていく。食事の時にはテレビを消す、朝食をとってから登校する、いつもＴシャツやトレーナーではなくその場に適切な服装を整えるなど、住育のみならず衣育、食育について、具体的な方策をもって教員と保護者の集まりであるＰＴＡが対応してはいかがであろうか。親の再教育という視点に立った教育、いわゆる「親学」の構築を考えるのも一法である。

５．地域社会の役割

教育の根本的な目的は文化の伝承である。日本古来の文化・伝統の継承を通して、日本人の「心」を大切に育てることは重要である。したがって、前にも述べたとおり、「人の心」が通った古い伝統的な建物を保存し、活用・継承していくことも、大切な教育の一つであり、地域社会が果たすべき大事な役割であろう。祖父母をはじめとする高齢者の豊かな経験や知恵を子供たちに伝えることも、子供たちの情緒を育み道徳的能力を向上させるのに重要であり、文化・伝統の継承に不可欠である。子供たちが人生の先輩の言葉に畏敬の念を持って接し、高齢者もまた長い人生を生き抜いてきたその貴重な経験を後輩たちに伝えることを責務と考えて努力できるような環境の構築が必要である。

市民の一人ひとりが、子供の人格の完成、とりわけ小学校高学年の生徒の教育を担っていくことこそ自分の仕事であるとの使命感を持つ事が大事である。子供が自ら学習意欲を高め道徳の心を養うには、市民の高い学習意欲と品性が必要である。

数学には数学の美しさが、国語には国語の美しさがある。このような専門分野の美しさを、授業を通して感じ取れる子供を育てたいと思う。その成果は「勉強そのものに価値がある」という教育本来の意義をよく認識した市民に満ちた社会の育成につながる筈である。

最近は「パフォーマンスの時代」になっていて、華々しく目立つ物が評価されるような空気が漂っている。マスメディアが取り上げるのは、極端に立派な場合や極端に不真面目な場合が多く、誠実にこつこつ努力する地味・地道な姿勢は脚光を浴びにくい。その結果、真面目に頑張っている子供たちに世間が目を向けない風潮があり、子供どうしの中でも人気がないようである。ニュースとしての価値から判断すると、ある程度はやむを得ないことかもしれないが、これでは、子供たちが地に足つけて真面目に行動することを良しとしない風潮を生む可能性がある。テレビや新聞の紙面から伝わってくるニュースには、子どもたちが喜び、希望を抱くような記事は少なく、不祥事で企業のトップが頭を下げるような場面がよく目立つ。マスコミはこれを批判にさらし、頭を下げる場面ばかりを論じて、事に対する本質的な議論にあまり多くの時間・紙面を割いていないように思われる。これでは本当に成熟した社会であるといえるかどうか疑問である。市民に真面目に頑張ることの重要性を伝え、真面目に頑張る者が評価される社会を作らねばならない。　

教育とは「共育」であり「協育」である。特に、初等・中等教育では、住民の「おらが学校」の意識が大切である。地域は、学校と関わるときに「お客さん」の発想から脱却しなければならない。住民一人ひとりの地元の学校に対する意識が高まれば、学校が活性化し、教育の効果が高揚する。これは、また地域が育つことにもつながる。地域が成長すれば教育は良くなる。この相乗効果は大きい。子供の学習意欲を高め、生きるための作法を養わせて道徳的能力の開発につなぐことも、学校と家庭・地域社会との車の両輪のような連携によって、大きく促進されるものである。

このような地域の支援のもとに、意欲と誇りをもって、その学校像を主体的に確立することが学校の責務である。学校教職員、保護者、地域住民のいずれもが、学校は税金で運営されていることをしっかりと認識し、学校・家庭・地域が共有できる道徳をもって行動する必要がある。単なる消費者主義のみで行動していると自滅するだけである。その意味では、小学校から学校選択制が敷かれることの功罪を、地域社会の住民は、自分の子供のことだけでなく、広い立場から真剣に議論する必要がある。

最後に、マスコミが教育問題解決の強力な支援者となるために、その在り方を真剣に議論することも、生涯学習の意欲に満ちた真に成熟した民主主義社会においてのみ可能であることを強調しておきたい。

６．これからの教育への提言

　上記の内容をもとに、教員、学校、家庭、地域社会への提言を以下にまとめる。

教員への提言

�@教員には高い倫理観と使命感が求められる。児童生徒に対してのみならず、地域社会においても尊敬されるロールモデル（role model）であり得るように、常に学ぶ姿勢を崩さず、研究と修養に努め、全人格（人間力）の涵養に努めなければならない。

�A従来は、ごく自然に行われていた教員相互の研鑽による授業力の向上が、教職員の年齢構成がいびつになっている現状では難しくなった。退職教員の再出馬による現職教員の指導や、教員免許の更新制度の利用などによるリフレッシュ教育の機会を増やす必要がある。

�B自治体は、職員の定員増と給与の増額も含めて教員の待遇をよくし、優秀な人材を集めることの出来る制度を構築し、さらに、教員が子供と接することの出来る時間、および自己研鑽の時間とが保障された環境の整備に尽力すべきである。

�C日本語教育はすべての学問に優先することを各教科の教員は意識し、あらゆる教育の機会を捉えて、日本語の素養を身に付けさせるよう図るべきである。

学校への提言

�@小学校では、社会性を育てるために、命の大切さを実感できる居心地のよい学級を作り、自分の考えを適切に表現する能力を身につけるとともに、他人をよく理解する努力をする子どもを育てることが必要である。この時期の子供の教育に重要な課題は、勤勉性を基本として自発性を育てることである。そのためにも、学校と家庭・地域の間に子どもの教育についての充分な支援・協力関係が出来ていることが必要である。新たな視点に立ったPTA組織の更なる活用が望まれる。そして、「何を変えねばならないのか、何を変えずに守り通すべきか」を明確にすることが必要であり、また大切である。

�A小学校低学年では親や家庭と協力して道徳観を育み、基礎となる読み書きそろばん、宿題をやりおおせる習慣などをしっかりと叩き込み、高学年では専科教員制を導入して、子どもの旺盛な好奇心に応える必要がある。専科教員制の導入が難しい場合は、教員同士の授業交換による補完も考えられる。

�B教育大学の小学校教員の養成課程では、卒業研究対象の専門分野だけでなく、小学校の教員として必要な他のいろいろな分野の基礎的な素養も学ばせる努力が必要となろう。

�C衣育、食育、住育の重要性に関心を払うべきである。例えば、地域社会の積極的な協力の下で、「人の心」がすみずみまで通う、永い歳月を経た歴史的な建物などを、地域社会の支援・協力を得て保存し、伝統的な建造物が持つ潜在的な教育力、すなわち、住育の力を活用・伝承して子供の教育に活かすように努める。このような視点から校舎建築を見直す必要がある。

家庭への提言

�@命の大切さを実感して互いが協力し合い、明るく元気に生きる基は、家庭における親の愛情にあることに異論はないであろう。他人を理解することの大切さも含めて、まず大人や保護者が姿勢を正す必要がある。そして親には、一所懸命生涯学習に励み、子どもの手本となる意欲がほしい。

�A祖父母をはじめとする高齢者は、その豊かな経験を子どもたちに伝えて情緒を育み、道徳的能力を向上させるとともに、文化・伝統の継承に貢献することを自己の使命と考え努力してほしい。また、子どもたちが人生の先輩の言葉に畏敬の念を持って耳を傾けることの出来る環境づくりにも貢献いただきたい。

�B常に、学校と家庭の良好な関係を保つ努力が欲しい。母親が家庭内で担任の先生の悪口を言うようなことがあってはならない。

�Cかりにも、学校はお金を払って教育を買うところというような、損得勘定だけで学校と家庭とを結ぶ誤った考え方や関係を生じさせてはならない。

�D子育てのための親の再教育という視点に立った教育、いわゆる「親学（おやがく）」の構築を具体的に考える必要がある。

地域社会への提言

�@地域社会は、勉強することそのものに価値があるという教育本来の意義をよく理解し、学校教育を支援してほしい。

�A地域は、学校と関わるときに「お客さん」の立場という発想から脱却し、「おらが学校」の意識を持って主体的に協力すべきである。若い母親が独りで子育てをしている場合など、世の中の先輩に当たる親などが支援出来るようなシステムを地域社会に作っておくことも必要ではなかろうか。

�B学校教育の問題を制度の欠陥と学校・教員の教育能力のみに帰するのではなく、教育を市民全員の責務と捉えて問題の解決を図ろうとすることが、民主主義社会に生きるものの使命であることを心に留めるべきである。

�Cマスコミの在り方を真剣に議論し、成熟した民主主義社会における教育問題解決の強力な支援者となる構図を創出したい。

7．参考文献
1）畑田耕一、林義久、伝統的木造住宅の住育の力と歴史的建造物の保存継承、
2）文部省、「小学校 文化や伝統を大切にする心を育てる」道徳教育推進指導資料（指導の手引き７）平成１１年
3）朝日新聞2002､2､20朝刊掲載の東京大学の苅谷剛彦教授による調査結果についての記事による

本稿は、２００７年７月２２日、大阪府羽曳野市の国・登録有形文化財畑田家住宅で畑田家住宅活用保存会主催、大阪大学総合学術博物館協賛のもとに開催されたフォーラム「教育における学校、家庭、地域社会の役割」における、下記のパネラーのすべてと若干の一般参加者の発言をもとに、兵庫県立豊岡高等学校教諭渋谷亘、畑田家住宅活用保存会幹事矢野富美子、大阪大学名誉教授畑田耕一が編集したものに、当日のパネラーが加筆して作成されたものである。パネラーの所属あるいは職業を氏名とともに次に記す。元大阪府立大手前高等学校長緒方淳子、四天王寺学園高等学校教諭尾野光夫、羽曳野市教育委員会参事川�ｱ徹、八尾ニューモラル生涯学習クラブ木村千代子、姫路工業大学名誉教授三軒齊、兵庫県立豊岡高等学校教諭渋谷亘、大阪大学理学部教授・大学教育実践センター長高杉英一、大阪市立長吉小学校教諭竹下哲生、臨床心理士中林邦夫、大阪市立池島小学校教諭林幸子、大阪府教育委員会文化財保護課主査林義久、羽曳野市教育長藤田博誠、大阪大学教授・留学生センター長古城紀雄。司会は畑田耕一が担当した。