木造りの文化財屋敷とフルート ―耳福のときに酔って―(2008.11.22)

姫路工業大学名誉教授 三軒 齊

ジョルジュ・エネスコのフルート曲「カンタービレとプレスト」は心に沁みました。愛用の楽器はまさしく伴侶である、との野津臣貴博さんのお言葉が真っ直ぐに耳に飛びこんできたことも、叙情的なカンタービレへの印象を倍加させました。

手術前の病む身で、畑田家住宅での野津・吉山デュオリサイタルを拝聴できなかった私に、畑田塾頭が当日の演奏を録音され、編集したCDをご恵送下さいました。何度もそれを拝聴している内に、これまで幾たびかお訪ねした畑田家の木組みの座敷に坐して、お二人の先生方のご演奏をその場で直接聴かせて戴いているかのような高調した気分になりました。演奏の合間に、フルートに関する楽器の生い立ちや発展の歴史と演奏される曲の背景を、平易に、そして巧まざるユーモアを交えて、親しく語りかけながら音の世界にお誘い下さる場はそう容易に手にすることはできません。登録有形文化財の木組みの温みの下での畑田家フォーラムでこそ味わえる醍醐味と言うべきでしょう。木組み、壁土の建屋は確かに音に温みと柔らかさを与えると、私は体感しています。理屈ではありません。感性です。

ともあれCDから、野津さんのドビュッシーのソロ、吉山さんのリストのソロにそれぞれ透徹と情熱の極致を臨場感たっぷりに堪能できたのは、両先生の卓抜の技は申し上げるまでもありませんが、木組み建屋の佇まいと、塾頭丹精の収録技術とが大きく与ってのお陰と感謝申し上げています。

プロコフィエフの「フルートとピアノのためのソナタ;作品94」は難しい曲だと素人の私にも分かる気がするのですが、優れた吹き手・弾き手の力量とフルート・ピアノの透徹した明るい音色の調和で、自然に、実に愉しい陶酔境に引き込まれていく幸せを覚えました。

モーツァルトの「ホ短調のバイオリンソナタ」も好きな曲の一つですが、これをフルートとピアノで拝聴することは私にとっては珍しく、フルートの清爽な音色が、このソナタの底流にある寂寥感を嫋々たる美しさで包んでいるのに新たな感銘を覚えました。演奏前に野津さんが引用された、故河合隼雄先生の「モーツァルトの曲には、どんなに素晴らしく美しいところにも、何時も死の寂しさ、死に行く悲しさ、あるいは人間の生まれでる歓びが出ている。人間と宇宙と死後の世界を含めた存在を表現した希有の作曲家」とのモーツァルト観を思い浮かべながら、十分に心してフルートの調べを拝聴しました。小林秀雄氏の高著「モオツァルト」に、美は人を沈澱させるという言葉が出てきます。美に対する感動と陶酔の中で、知と感性を虜にして、音楽の世界に没入してゆくさまを語っているように思うのですが。


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