野津臣貴博・吉山輝デュオリサイタルを聴いて(2009.1.5)

京都大学名誉教授 山本雅英

2008年3月16日(日)の午後、畑田家住宅で開催された野津様・吉山様のフルートとピアノのコンサートに、当主の畑田耕一先生のお招きで出かけました。畑田家住宅は初めての訪問ということもあり、少し早めに出かけたら、1時間あまり前に会場に着いてしまったので、田園の中にある集落をグルリと一回りしてみました。畑田家は家並みの中に白壁の蔵や納屋に囲まれた由緒ある庄屋屋敷であり、長屋門をくぐると母屋から楽器の音が聞こえてきました。和室3間とサンルームが会場です。始まるまで時間があったので座敷へ上がらせていただき、開演前の練習光景を40分ほど見学させていただく機会に恵まれました。いま活躍中の優れた演奏家のお互いの間の調整であり、言葉数は少ないものの迫力あるやりとりの雰囲気に驚きました。

やがて14時から演奏が始まりました。まず、ビゼーののどかな「アルルの女」から始まりました。次にモーツアルトの美しいがどこか緊迫感を漂わせた「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調K.304」が演奏されました。すべての曲に野津様の解説があり、とてもよく分かります。この曲はヴァイオリンの代わりにフルート演奏されるとのこと。この曲の後、楽器フルートの詳細な解説をいただきました。楽器の原理、フルートの歴史、野津様愛用の初代ルイロットの解説もありました。続いてルーマニヤ出身のエネスコ23歳のときの作曲「カンタービレとプレスト」のソロ演奏がありました。

ここでピアノの吉山様に代わり、まず楽器ピアノの解説がありました。当日はアップライトを用いての演奏でしたが、グランドピアノとどう違うのかなど原理的に説明されたので納得。続いてピアノ演奏の極致の技巧的曲目、リストの「第一メフィストワルツ」が演奏されました。人間の指はここまで動くのかと音楽もさることながら人間の能力の限界にいどむ挑戦的演奏に、ただただ感服でした。

休憩の後、最後にプロコフィエフの「フルートとピアノのためのソナタ 作品94」が演奏され、素朴な主題から入り、フルートとピアノの美しい協奏の調べに感動しました。興奮さめやらぬ間にアンコールに入り、野田輝行編曲の「赤とんぼ」、ショパン「幻想即興曲」、シューベルト「セレナード」と小品が演奏され、やっとわれに返った感じがしました。その後、畑田先生の司会で「何でも質問」コーナーが始められ、千宗守様(武者小路千家家元)のようなセミプロから素人まで様々な質問が演奏者に対して投げかけられ、それぞれの質問に対して丁寧なお答えが返えされ、とても楽しいひと時でした。

まず、和室の座敷での洋楽演奏ですが、これが結構マッチしていて楽しませてくれました。私は、演奏は大きい会場で、遠くから眺め聴くものであるということに慣れてしまっていて、間近に演奏家の一挙手一投足の動きを見ながら聴いたのは今回が初めてでした。また音楽がこんなに迫力があるものかということも痛感しました。和住宅の伝統ある空間がライブな音楽で満たされ、目の前の空気が動いていることの驚きを感じずにはいられませんでした。

私自身は恥ずかしながら音楽的素養はまったくありません。戦後の田舎の中学・高校出身ということもあり、楽譜もまともに読めないのです。終戦後のことですが、夕方4時ごろラジオから聞こえてくるヘンデルの水上の音楽が思い出せる音楽的体験の始まりでした。中学の国語の教科書で、ベートーヴェンが耳を悪くし、音がまったく聞こえないのに第九を指揮して喝采を浴びた話を読みながら、本体の第九を聞いたこともないという変な体験もありました。大学に入りベートーヴェン、モーツアルトの音楽に驚き、労音や音楽喫茶でクラッシック音楽を一生懸命に聴いていた世代です。そのころ交響曲やソナタがどのような構成になっているか、どのような意味を持つのかを懸命に我流で知ろうとしていたことを思い出します。いま、われわれを取り巻く音楽環境は大きく変わりました。メディアとして、戦後のレコード、SP、テープ、LP、CDへと変化し、いまではiPodのような便利なネット配信に取り囲まれています。しかし、音楽の根源は、やはり、生の演奏をじかに聴くことが一番大事であろうと思っています。

いま、日本から世界に羽ばたく若手の演奏家が続々と輩出しています。音楽は子供のころからの英才教育に負うところが大きいのでしょう。特に4-8歳頃の音感教育が大事であるといわれていますが、これが成功を収めているのでしょう。畑田先生は科学の分野の小・中・高校教育の出前教育に力を注いでおられますが、音楽に限らず科学でも同じです。畑田家でのこのような活動の意味は社会的に大きいと考えられます。もしも子供のころに私が今回のような体験をしたならば音楽関係に将来を目指したかもしれないと考えるほど途方もないインパクトを受けて帰途につきました。

 畑田家住宅の活動の更なるご発展とご成功をお祈りしています。


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