幼稚園でのピアノコンサート―子供の間に本物の音楽を聴かせよう―(2009.1.5)

ピアニスト 吉山輝

妻の理恵と連弾のコンサート活動を始めたのは娘が幼稚園のころで、その幼稚園に頼まれたのがこの活動のきっかけになりました。当初はなかなか息が合わず、1曲仕上げるのに大変な労力を要しましたが、15年近く経った今では、なんとかお互い自然な呼吸で演奏できるようになりました。夫婦での活動の場は、主に子どもたちに聴かせるのを目的としています。各地の幼稚園、小、中学校を訪れ、演奏会を開きますが、一番大切にしていることは、いかにすれば音楽が子ども達にダイレクトに届くか、ということです。小、中学校では大抵講堂や体育館での演奏を頼まれますが、これでは子どもたちとの距離が離れすぎ、音楽の持つエネルギーも薄れてしまいます。そこで、学校では音楽室を使い、コンサートをします。ある小学校では、2日間にわたり各学年を対象に6種類のプログラムを用意し、6回のコンサートをしたこともあります。その時の子ども達の反応は、体育館でするのとは明らかに違う大きな手応えがありました。

幼稚園でするコンサートは2部制にし、1部は園児向けのプログラムで、園児と保護者、地域の方々が聴きます。2部では園児は退室し、大人向けのプログラムで演奏します。ここでもいかに子どもたちを引き付け、音楽を楽しんでもらうかの工夫をあれこれ考え、大切にしています。長年の経験からできてきた今の形は、まず子ども達が皆知っている童謡を連弾で弾くことから始めます。童謡は大人も子どももリラックスさせる力があります。続いてするのがピアノの分解。これによって、ピアノの音が出る仕組みを説明します。もちろんペダルの仕組みも。ピアノを分解するだけで子どもたちは大喜び。拍手したりどよめきが起こったり。幼稚園児たちの反応はさらに年上の児童より敏感な面があります。ピアノに対して強烈な興味を抱いたところで、次々と演奏をしていくので、皆、最後まで集中力を持続させて聴き、歌い、踊りだす子もいます。また、時には私が絵本を読み、妻がそれに合わせていろんな曲や効果音を弾いていく、というのもあります。これはただCDを流しながら絵本を読むのとは違い、物語の情景や登場人物の心理状態に合わせたり、また言葉の長さに曲を合わせたりと、非常に緻密な準備が必要になりますが、完成すると、とても大きな効果を上げることができます。園児は絵を見なくても、耳だけで長い時間集中できるようになります。これは、子どもたち一人一人がイメージを大きく膨らませているからだと思います。頭の中で大きなイメージを作ることができるのが、まさに音楽の持つ力だと思うのです。

幼稚園コンサートを始めたころは、2部はおまけのような感覚もあったのですが、最近では2部の重要さも実感するようになってきました。コンサートホールでは起きない雰囲気が出るのです。コンサートでよく言われることのひとつに、非日常を楽しむ、という言葉があります。日常から離れて、音楽の世界に浸りたい、という事でしょうか。幼稚園児の保護者にとって、幼稚園の教室は日常そのものです。その空間で演奏すると、コンサートホールではなかなか見ることのできない満面の笑みを見ることができるのです。日常の空間だからこそできるリラックス。リラックスしているからこそ音楽をより受け入れやすく、感じやすくなり、しかも奏者と非常に近い距離なので、より伝わりやすくなります。

音楽は、音楽そのものも確かに素晴らしいのですが、音楽をきっかけに心と心がふれあうことができる。これこそが音楽の持つ本当の素晴らしさではないでしょうか。毎日ピアノの練習をしていると、ついつい音楽にばかり目が行きがちですが、心のふれあいこそがしあわせなのだと、幼稚園コンサートの2部で教えられています。

あともうひとつ忘れてはならないことは、夫婦でこういう活動をしているということです。連弾で呼吸を合わせ、しかも音楽を伸び伸びと表現するのは至難の技、連弾さえしなければ仲のいい夫婦なのに、と思うこともしばしばですが、連弾をしなければ得られなかった事も多かったハズ、と思って長く続けていきたいものです。


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