第7回畑田塾「白川英樹先生のお話」をお聴きして(2005.11.21)

畑田家住宅活用保存会正会員  福井康子

 先生の印象はテレビや新聞で拝見したとおりでしたが、やはり「実物」にお目にかかれたことはすばらしいことでした。その印象は大変に自然で清らかな魂の人のひと言に尽きました。先生のお話に、植物採集に夢中になられた少年時代、図鑑にあった妖しげなモウセンゴケを散々捜し求められたが見つからず、のちに植物展示館でミズゴケを見つけ、その後、葉っぱの先の紅い繊毛で絨毯のように広がっているモウセンゴケに出遭うことができた。そんなお話が出ました。わたしはモウセンゴケに魅せられたひとりの少年が飛騨高山の野山を探し回られる姿と、ついに紅い絨毯を自分の目で発見し対面された時のその感激の光景がありありと視えるようでございました。そして魅せられる魂の幸福をも!ましてや幼少年期において。

先生のお言葉「なんでも実物を見なければならない」はわたしの胸に強いインパクトを残しました。確かに、「わたしは今、白川英樹という偉大な科学者の「実物」にお目にかかっているわ」と思いました。ところで、先生のノーベル賞受賞の対象となった「電気を通すプラスチックの発見」と以後の産業界へのご貢献はさぞや輝かしいものであったことでしょう。化学はおろか自然科学には学生時代から弱いわたしですが、そのすばらしさ、将来の人類の夢への大接近はよく想像できます。まさにNATURAのミューズのヴェールをそっと持ち上げようとしているSCIENTIAの女神が見事にそのヴェールを開いたといえるのでしょう!それにしても、私はノーベル賞の金メダル裏面デザインの物凄い寓意性には讃嘆の念を禁じ得ませんでしたが、ギリシャ神話というものを持つヨーロッパ文明の深層に改めて感じ入らざるを得ませんでした。

 私にとりまして、さらにさらにすばらしかったのは先生がノーベル賞にたどりつかれるまでのプロセスです。先生は岐阜県飛騨高山で幼少期を過ごされたようです。理科好きであられたようす。これには先生の場合、飛騨の美しい自然が大いに役立ったことでしよう。本に囲まれて育つ少女が文学好きになるのと同じです。もちろん先生の生来の瑞々しい感性が一層輪をかけたことも否めません。先天性と後天性の相互作用がひとりの人間を育み目覚めさせる、と私はここでも思いました。

植物採集に野山を走り回った少年はやがてラジオによって―テレビの無い時代―電波つまり電気に興味を抱かれた、また中学時代の文集「みちしるべ」には、「御母上様の作られるお弁当のポリ塩化ビニル製の風呂敷がお弁当の温かさでお弁当箱の形にプレスされてしまう、何とかしてこの熱に弱いポリマーを改良できないか?」と記されているとのこと。畑田先生のコメントにもございましたが、ここが凄い、既に尋常でないところではありましようけれど。ここに、われわれは改良もしくは創造への意欲を自分に駆り立てる精神の自助能力育成のヒントをいたいただくことが出来ます。

 やがて大学進学、1957年東工大理工学部に入学、3年次で化学工学科へ、4年次になっていよいよ卒業研究、念願の高分子合成の研究室になんとジャンケンポンで負けられて、高分子物性の研究室へ、しかも厳しいといわれる金丸競教授に指導受けられる運命となる。ここで先生は母上のお弁当包みから少し遠ざかるかの感をいだかれたに違いない、などとはらはらしてわたしはお聴きする。でも、先生のお心には理化学への幼少からの生え抜きの情熱が脈々と息づいており、挫けることがないばかりか、その後予期せぬ大発見へと繋がっていくのでありました。進路は常に決してまっすぐ安楽なものでは有り得ません。ここでくじけず努力すれば、われわれは逆に人生の大きな恩恵に預かり得るのだという教訓をわれわれは先生から学ぶことができますね。優秀な受講者である当日の子供さんたちはきっと充分それを感じてくれたことでしょう。

やがて1966年大学院修了。「アセチレンの重合機構解明」の論文を書かれたとか。高分子の主成分は炭素原子である。ここからはもう私には付いていきかねる化学方程式や分子構造、CやHを繋ぐ腕の数、方向性、π電子―実はこれこそは電流の流れる道とのことでしたが―などの説明があり、いわゆるポリアセチレンが出来、その薄い膜を作る方法を偶然に発見された。それは長く伸びた細い繊維が絡み合って出来ている。「どうやら先生の化学者としての慧眼はそこにひとつの手がかり、ヒントを察知されたらしい」とは化学に全く不案内の私の受け取った印象です。ここには先生のひとつの「めぐりあい」が、いやひたすら追い求めるものへの神の恩寵があったのではないでしょうか。先生はそのチャンスを見事にキャッチされ、ものにされ、大飛躍を繋げられました。わたしの感動は実はこの時ひそかに、ピークに達していました。みなさんは如何でしたでしょうか。そして、遂に先生の研究が大きく開花する機会、アメリカ、ペンシルベニヤ大学での「ドーピング実験」、「電気が流れる」実験結果に至られたのでした。1976年11月23日発見、1977年に発表。2000年ノーベル化学賞ご受賞。

 「白川先生はお母様のお弁当の風呂敷を熱に強いどころか、電気を通すまでに改良してさしあげられたのですね」と私はつぶやいておりました。先生のご印象は、飛騨高山の詩情豊かな自然とお母様のご愛情に育まれられました少年時代の雰囲気が、その科学する心と共に今日も尚一貫して変られることなく漂っておられる、と感じられてなりませんでした。さいごにわたしの心に最も深く押印されてしまった、いや今日のお話に於ける重要テーマと思われましたセレンディピテイについてのJOSEPH  HENRYの言葉、「偉大な発見のタネは私たちの周りに漂っている。それが根を下ろすのはそれを待ち構えている心にだけある」この含蓄深い言葉をさいごに記録して置きましょう。

「漂っているタネ」をキャッチするには?「それを待ち構えている心」とは何?「一体どうすればそういう心になれるのか、養えるのか?」こどもさんたち、先生方には非常に大切で重いテーマですね。

 今日は白川英樹先生によって、ひとりの人間の発達のドラマをすばらしく開示してお見せいただいた洗心、至福の一日でございましたこと、われわれ凡人をもセレンディピテイへの夢に誘っていただけましたことなどなど、心より畑田塾にお礼申し上げます。


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